25節 ナッシュ均衡
Beautiful Mindという映画をご存じだろうか?
ジョン・ナッシュという数学者兼経済学者の生涯を描いた実話なのだが,このナッシュという人は,ミクロ経済学に革命的な理論を生み出した大天才である。
ナッシュ均衡はミクロ経済学の理論の中で最も重要な理論と言っても過言ではない。なぜなら,人々の合理的な行動を示しており,個々人の最適な選択が社会全体にとって最適な選択ではないという合成の誤謬問題を見事に示している。ここを解決する事がミクロ経済学の1つの課題であり,この問題を解決できれば,個々人の合理的な選択が,社会全体の効用最大化につながるのである。
さて,漠然とした話はこれくらいにして本題のナッシュ均衡について説明をしていこう。
ここでは,囚人のジレンマという事例を用いて説明する。
共犯の疑いの強い2人の容疑者を取り調べしている。2人は別室に移され一切連絡を取り合えない。そこで囚人は共犯か否かを質問される。囚人の選択肢は黙秘と自白である。お互い黙秘を続ければ,実刑1年,片方黙秘してもう片方が自白すれば自白した方は解放され,黙秘した方は実刑10年になる。また両者自白すれば,実刑5年になる。
この場合,囚人にとって最もよい選択は黙秘?自白?
黙秘した場合,相手も黙秘すれば実刑1年,相手が自白すれば実刑10年。
自白した場合,相手が黙秘すれば実刑なし,相手が自白すれば実刑5年。
この場合,相手の行動に関係なく自白した方が合理的である。
めでたく2人は自白を選び,両者実刑5年になる。
さて2人にとって本当に最適だろうか?
この場合,両者が黙秘を選べば,両者の刑は減るので,パレート改善ができる。しかもその場合から両者どちらかの効用を下げずに両者の効用を改善する選択肢はないので,パレート最適となる。よって両者自白は社会的に見て不合理である。でも個人にとっては最適となる選択肢であった。これをナッシュ均衡という。
困った問題である。個人にとって最適な選択が社会全体では最適でない。
これを解消する方法はないか?
事前に相談をして黙秘をする事を約束できればよい。しかし相手が黙秘をすると知れば,やはり自白した方が得である。
他の解決策は裏切りに罰則を与える事である。
黙秘を裏切った場合,別途実刑2年を課せば自白を選ぶ。
このように社会には個人の行動を制裁する法律や取り決め事がたくさんある。これにより個人の選択を歪め,パレート最適に持っていこうとする社会全体の意図が感じられる。
次回は勝者の悲劇について説明する。
経済学を学ぶ事は,合理的に生きる事に近づくのではなく離れる事なのかもしれない。