〔コラム〕震災後の日本の経済分析

 3月11日の震災発生後,急激な円高が進んだ。そして現在過去数年と比較して慢性的な円高が進んでいる。

 第一の原因は,投機的な円への投資によるものだ。つまり震災が発生すると物が不足する。物が不足するとみんなが予想するので,買いだめが生じる可能性が生じる。また復興のための投資により投資財(工場、家、車等)の需要が増える。これらの要因によりモノ不足が現実味を帯びてきてモノの値段が上がる。モノの価値が上がるとは同じモノを買うのに今までより多くのお金が必要になるという事だからお金の価値が下がる事と等価の意味を持っている。つまり来年の1万円は今年の1万円より価値が低くなる。インフレが進めば進ほどこの現象は顕著になる。銀行に預けても1万円があまり増えなければ,銀行に預けるより1万円を価値の上がるモノに換えて保有した方が得だと考えてみんながモノを買いだめする傾向が顕著になる。そうすると金融市場にお金が不足する。しかし,金融市場では,企業,政府を含め復興のために資金を必要としている人が沢山いる。その人達はなんとか資金を集めようと考え,多めの利息を払ってでもお金を借りたいと考える。このような企業が増える事で,利率は上がっていく。利率が上がるとお金を預ける人が増えていくので,金融市場のバランスは保たれる。

 但し,ここで利率が上がると,海外から円に投資する投資家が増える。このため円の需要が増えるので,円高が進む。

 円高が進むのはこの時点ではなく,震災が発生した時点で多くの投資家はこの流れを予想して円が安い内に買って高くなってから売って得をしようと考えるので震災直後に円高は進む。あまり気持ちの良い話ではないが,投資家にとって震災は金儲けのチャンスになるわけである。

 さて昨今円高は悪いので是正すべきだという考えが世間を賑わせており実際政府は為替介入を始めた訳だが,今回の為替介入に関しての世間と政府の行動は愚の骨頂である。

 理由は以下の2つだ。

 まず為替を名目の数値で見て円高と判断する事に誤りがある。物価を考慮した実質為替レートを見るべきなのだ。

 海外旅行で例を挙げよう。例えば1995年時点で円レートは戦後最高値の78円弱をつけて今年度78年弱で最高値を更新した。

 この場合,名目で見れば95年とほぼ同じだが,実態はかなり違う。実は,この15年の間に米国では,物価が約4割上がり、日本は変化していないのだ。例えばマックのビックマックが日本では240円のままなのに,米国では3ドルから4.2ドルに値上げしているという事なのである(あくまで例)。なので,今米国でビックマックを買おうとしたら日本円で340円近く必要になる。つまり円レートは95年と同様円高なのに,米国の物価が上がっているために実質が円安が進んでいるのである。多くの海外旅行者は,あまり円高を実感できていないようである。これは実質的に円の価値は下がっているからである。

 もちろん日本の製品は95年時点と比べれば相対的に安くなっているので,輸出産業にも有利になっている。円相場は歴史的に見てもそこまで円高ではない。

 第二の理由は,今回の円高が構造的に必要な円高だという事だ。

 震災後,電力を始めとして工場等の被害を通じて日本は慢性的な品不足になっている。リーマンショックから震災までは,需要が不足していたので,いかに需要を増やすかが重要であった。この場合は,エコポイントやエコカー減税などを通じて国内需要を喚起し,円安を進める事で国外需要を喚起する事が正しいやり方だった。しかし品不足になればいかに需要を抑えて供給とのバランスをとるかが重要になる。節電ムードや旅行の自粛等はまさにその例である。震災前とは180度変わった行動だ。つまり供給が追いついてないのである。この場合の最善の策は,供給の一部を海外に任せる事である。つまり輸入によって国内の需要を満たす事なのである。そのためには,円高が進むのが丁度よい。円高が進めば輸出が減り輸入が増えるからだ。

 円安が正しい時と円高が正しい時は,経済の需給バランスによって決まる。

 経済に正解はない。あるのは合理性だけである。1年前に正しい政策も今やれば間違いとなる。それは今の経済情勢を踏まえると非合理的な行動になるからである。

 自然科学には,ある種の正解がある。そしてその正解以外は間違いなので,非常に厳密性を求められる。

 社会科学には,正解がない。正解は相対的に決まるからである。